【血闘競馬論・4章ー4】種牡馬としてのノーザンテーストの実力/久米裕・1993年4月20日
「ノーザンテーストは名種牡馬ではない」と言ったら、おそらく多くの人々の顰蹙を買う事になるだろう。
競馬サークル内でこういう発言をしたら相当のプレッシャーを受ける事になるのかも知れない。
私はその外にいるつもりだから敢えて言うが血統構成から見ればノーザンテーストは決して優秀な種牡馬ではない。これは厳然たる事実である。
猛烈な反論を受けるのは承知の上である。
11年連続チャンピオンサイアーとなり、その産駒にも
とG1レースを制覇した馬が7頭もいるではないかと。
ならば百歩譲って「日本の競馬においてはそこそこの産駒を出している種牡馬だが、決して世界レベルの名種牡馬ではない」と訂正しておこう。*1
世界におけるトップクラスの名種牡馬とは、ネアルコ、ノーザンダンサー、ニジンスキー、ミルリーフといった馬たちの事をいう。
- 日本で10年以上もリーディングサイアーの座にあってジャパンカップでの勝利馬はいたか?(ダイナアクトレスの3着が最高で、掲示板に乗ったのはこれ1頭だけ。)
確かにノーザンテーストは7頭のG1馬を出したが、別の見方をすれば昭和51年の初供用以来、昭和63年までの間だけでも公表されている産駒の数は約650頭。そのうちでの7頭である。
約1%のG1馬出現率。
もちろんその中にはシャダイアイバーのようなA級血統構成馬もいた事は認める。すなわち、それぐらい多くの配合をすれば確率的に父と母の「血の相性」がマッチした産駒も出てくるわけである。
有馬記念はファン投票という形でファンに支持されたスターホースたちが登場してくるレースである。
ハイセイコー、タケホープ、テンポイント、トウショウボーイ、グリーングラス、タマモクロス、オグリキャップ、イナリワン、スーパークリーク等などの懐かしい馬たち。
これらの馬はどれもノーザンテーストの産駒ではない。
ノーザンテーストそのものの血統分析をしてみてもその能力評価はB級である。
英仏で5勝を挙げ、そのうちのラフォレ賞は唯一のG1レースだが、それもドロンコ馬場でやたらと時計の遅いレースでの勝利であって、世界の競馬関係者がその能力を高く評価したという類のレースではない。*3
では何故にある程度産駒が活躍できたのか。
その理由もI理論によって解明することができる。
- まず第一にノーザンテーストはレディアンジェラの3×2という牝馬のクロスによる近親交配のために、全体の8分の3がこの血によって占められるという構造を持っている。
そのためにどういう繁殖牝馬を持ってきても総じてクロス馬の種類が少なくなるという特徴を示す。
その事は仕上げやすい事に繋がり、中堅レベルまではメリットとして作用する。
しかし本当の意味での名血を追求ならば、この部分がかえってネックとなる事も事実なのである。*4 - 生産者である社台内部の育成・錬成が計画的に行われているために、能力そこそこまでは才能が開花されてくる。*5
ちなみに社台以外のノーザンテースト産駒でまあまあの活躍をしたのはレジェンドテイオーぐらいである。(これは母の血の中にネヴァーセイダイの血があったために成功した。)*6
さらに社台以外の配合ではテンモン、ジュウジアローなどの良い血が犠牲になったことも忘れてはならないだろう。*7
以上、1・2の理由が日本の競馬事情にマッチしたためにノーザンテースト産駒がそこそこ走ったと言える。*8
すなわち仕上がり早のために入厩待機馬が多く、回転の早い馬の出し入れサイクルの中で、比較的早めに勝ち上がることができた。
また基礎訓練がしっかりしていた為にある意味で調教師の仕事を代替えした形で馬の能力を引き出したということ。
ただし前記1のレディアンジェラの近親という点とともに、産駒の能力を今ひとつ高められない理由となる構造も内在している。
ノーザンテーストの母方の2代にはヴィクトリアパークという血があり、その中身はアメリカ、およびカナダの馬たちで占められている為に、少数派の血になっている。
したがって、その少数派の部分が他の血と連動しにくい。
特にヴィクトリアパーク内3代のヴィクトリアナの後ろ6~8代の部分はどんな繁殖牝馬と配合してもクロス馬のいない穴となりやすい。
逆にこの穴を埋めてA級になった珍しいケースが先に挙げたシャダイアイバーなのである。
こうした構造的な問題が産駒に影響し、900万下~1500万下あたりまでのクラスでは結構好走するが、オープン、さらにはG1レースともなるとなかなか勝てなくなってくる。
また今後その産駒の多さと人気ゆえにノーザンテースト牝馬が繁殖に回るケースが増えてくるはずである。
すなわちノーザンテーストがBMSの位置に君臨してくるわけだが、その場合にも前記のマイナス面を引き継いでゆく事が多いので、勝ち馬検討には注意が必要である。
1つだけ例を挙げておく。
現在5歳終了時点で500万下にリュートハーモニーという馬がいる。
父ノーリュートはリュティエの血を引く仏チャンピオンサイアーで、社台がノーザンテーストの後継種牡馬に期待した名血。
母はもちろんノーザンテースト産駒のシャダイハーモニー。
このリュートハーモニーも超良血として騒がれた高馬だが、いまだ2勝にとどまっている。
その原因が先に示したビクトリアナの部分にできる穴。
影響力の大きいノーザンテーストの部分の穴だけに大きなマイナス要因となってくる訳である。
そしてこのリュートハーモニーに代表される配合の失敗が産駒の成績不振を生み、ノーリュートの種牡馬ととしての評価を下げる事になったのである。
さて色々ノーザンテーストについて批判的なことを書いてきたが、別にこの馬やその関係者に恨みや悪意を持っているわけではない。
ただ現在の日本の血統に対する考え方があまりに偏っている為に、ノーザンテーストへの評価が過大になりすぎている事を指摘したかっただけである。
競馬新聞やテレビの解説などで「ノーザンテースト産駒だから成長力がある」というような表現が非常に多いが、本当にこの馬の血統を分析し、その影響がどのような形で出ているかを正確に掴んだ上での発言であるとは到底思えない。
また最後に一言加えれば、仮に「ノーザンテーストが種牡馬としてこれだけ成功した」とするならば、ノノアルコ、グランディ、ウォロー、リィフォーなど、世界的レベルでの名血をなぜ日本の生産界は種牡馬として活かし切れなかったのかーー。
*1:ちなみにこの文章が出た前年1992年の世界のリーディングサイアーは英愛Sadler's Wells、北米Danzigでした。
方やGalileo、方やWar Frontと、2020年代にも直系種牡馬が大活躍を続けています。
一方ノーザンテースト直系種牡馬は十勝支庁で細々と種牡馬を続けていたダイナマイトメール(父ダイナレター)が2008年にひっそりと引退し、遂にノーザンテースト系直種牡馬は絶滅。あまりにも対象的な結果に終わりました。
*2:これは南半球でシャトル種牡馬が開始されたのが1997年のカーネギー、グルームダンサー、ヘクタープロテクター、ペンタイア、ロドリゴデトリアーノ、ワージブでした。その時ノーザンテーストは当時26歳。時代が間に合わなかった感はあります。
*3:しかしよく考えて欲しいのです。ノーザンテーストはノーザンダンサー狂想曲が始まる直前に、たったの10万ドルで運良く買えた見栄えの悪い馬でした。10万ドルでG1ホースを手に入れるのはどれだけ難しい事か。
*4:競走馬として仕上げやすい事が大きなメリットとなるのは除外システムが厳しくなる一方の2000年代以降の話ですが、育成の現場感覚で言うと仕上げやすさとは「ハミ受けや鞍付けが素直・強い追切をしてもガタッと跛行しない」といった現象を持って関係者は仕上げやすいと言います。
これは「気性が良く・筋肉や骨、腱の質が良い」という事です。「仕上げやすい」とは決して軽んじられるべき用語ではなく、むしろこの上なく素晴らしい利点でしかありません。
つまり「近親交配の種牡馬でクロス馬が少ない」というノーザンテーストの特徴は弱点やネックではなく、種牡馬として得た名声と意外にもきっちりとリンクする。このように逆に考えると、ノーザンテーストのクロス馬の少なさをフルに生かした産駒が多かった為にハイアベレージな種牡馬成績を保ったのではないでしょうか。
*5:アカン所は取り消し線にて修正しました。
*6:アカン所は取り消し線にて修正しました。
*7:アカン所は取り消し線にて修正しました。
*8:アカン所は取り消し線にて修正しました。